弁護士のあたまの中

倒産・事業再生・事業承継・M&A・下請法・中小企業の法務を中心に活動/弁護士が何を考えているかを伝えられれば。/主に中小企業の経営者、幹部さんに。

依頼者に何度も事実や証拠を確認する理由

 事件の依頼を受ける際に、依頼者にいろいろ事実関係や証拠を確認することは、弁護士としては絶対に必要な作業です。
 例えば依頼者Aから、「Bに200万円お金を貸しました。一度だけ50万円を返してきましたが、そのあとは返済はありません。連絡もつきません。残りの150万円を返してほしい。」という相談があったとしてます。

 このとき、弁護士が「なるほど、150万円を返してもらえないのですね。連絡もつかないなら訴訟をしましょう。」といってすぐに訴訟提起をすることにはなりません。

 いろいろ事実の確認をしますし、証拠がないかをなんどもなんども確認します。

 

・金消契約書はありますか?借用書はありますか?
・いつ、いくらの返済という約束をしたのですか?
・Bはなんといって貸してほしいと言ってきたのですか?
・Bとはいつもどうやって連絡をとっているのですか?電話ですか?LINEですか?
・Aから連絡をとったのですか?いつ、何回ぐらい?
・AとBとの間はどういう関係ですか?いままでお金の貸し借りはありましたか?
・50万円の返済は現金ですか、銀行振り込みですか?通帳をみせてください。
などなど…などなど…

 こういった質問をなんどもなんども重ね、借用書やメール、銀行の通帳などを確認して、ようやく最終的な方針を決定し、依頼を受け、事件に着手します。

 なぜこんなに依頼者にたくさんの質問をして、証拠を求めるのでしょうか。依頼者が嘘をついていると思っている?疑っている?

 そうではありません。何度も確認しないと後で依頼者も弁護士も困るからです。

 

  1.  一つ目の理由は、依頼者が重要でないと思っている事実や証拠が実は重要だったりするからです。
     例えば、上記の例だと「Aは実はBからお金を何回か借りていたことがある。」という事実がもしあったとします。AはすでにBには完済したと思っていますが、Bからするとまだ全額返済していないと主張してくるかもしれません。
     ほかにも、「AはBがなかなかお金を返さないので、Bと一緒に高額な飲食店へ行き、そこの料金を何回もBに支払わせた」という事実があるかもしれません。Aからすれば、返済が遅れたことのお詫びぐらいにしか思っていないかもしれませんが、Bからすると、同意なく無理やり支払わせられたのだから、Aの飲食費はBが立て替えたに過ぎず、借金と相殺だ」という主張がされるかもしれません。
     本当にBに請求する権利があるのか、Bから有効な反論がされる可能性はないのか、それを確かめているのです。

  2.  二つ目の理由は、裁判所を説得しなければならないからです。
     訴訟ということになれば、判決を出すのは裁判所であり、裁判官です。裁判官は、事実と証拠に基づいて判決を出す、とされています。裁判官は、AにBが借金の申し入れをしたことも、Aがお金を貸したことも、Bが50万円しか返していないことも、連絡がとれなくなったことも、その目ではみていません。
     裁判官は、実際にその現場をリアルタイムでみることができないので、ことが起きた後に、代理人から出される書面や証拠をもとに判断することしかできないのです。
     このため、証拠が特に重要になるのです。

  3.  三つ目の理由は、事実(の表現、評価)は人によって変わるからです。
     例えばですが、私は依頼者によくこんな風にお話しします。下の図を見てください。よくある円柱の図です。斜めから見たら「円柱」とわかりますが、真上から見れば「円」に、真横から見れば「四角形」に見えるはずです。でも円柱は円柱です。

     

     一つの円柱でも見る角度によって見え方が異なります。よく「真実は一つしかない」という人がいますが、「たとえ真実は一つでも、人によって見え方が違います」ということをよくお話しします。

  4.  四つ目の理由は、できるだけ一貫した主張立証をしたいからです。
     「私(A)はBに200万円を貸したが、50万円しか返してもらっていない」と主張していた人が、後になって「50万円の返済とは別に、Bから50万円の振り込みがあった。これは何の振り込みか覚えていない。」などと言い出したら、Aの主張の信用性が低くなるからです。主張の信用性が低いと判断されたら、主張立証をさらに頑張らなければならなくなりますし、最悪の場合は、訴訟で負けてしまうこともあります。
     もう一つ例をあげましょう。
     「当社は不正経理はしていない。当社が不正経理を行っているとSNSでデマをばらまくCという人物がいるが、これは何の根拠もなく、名誉棄損なので損害賠償請求訴訟を提起する」と記者会見したとします。会社自身が自分の名誉を守るために記者会見するのは当然ですが、会社から依頼を受けた弁護士が、何の調査もしないでCに訴訟を提起する、または訴訟提起することを記者会見などで公表するのは非常に危険です。
     弁護士がそれなりに調査をして、不正経理はなさそうだな、との心証をもてればよいですが、もし調査をしていなかったり、いい加減な調査しかしていなかった場合には、記者会見をして相手を攻撃したこと自体が問題になりかねません。もちろん、後で不正とはいえないまでも、不備が見つかった場合には、「それみたことか」と更なる批判の対象となりかねません。
     時間との兼ね合いもありますので、事前に満足のいく調査はできないが何らかの対応が必要な場合には「不正経理はないと考えている。ただし万全を期して徹底的な調査をする」という程度に止めておくのがより適切な場合もあると思われます。

 

 ほかにもいろいろな理由があると思いますが、弁護士が依頼者に何度も確認する理由は、依頼者を疑っているからではなく、依頼者のために最善の弁護活動をしようとするからこそなのです。