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【裁判例】相続財産についての情報と個人情報保護法2条1項にいう「個人に関する情報」

情報発信と自分の備忘録として裁判例をメモしていきます。

 

[裁判例情報]

最判平成31年3月18日判決(平成29年(受)第1908号)

保有個人情報開示請求事件

判例タイムズ1462号10頁

 

[事案の概要]

  1. Xが銀行であるYに対し、個人情報保護法28条1項に定める保有個人データの開示請求権に基づき、Xの死亡した母が生前にYに提出していた印鑑届書の写しの交付を求めた事案。
  2. Xの母はY銀行に口座を開設。Xの母が死亡したが遺言によりXが当該口座の預金債権の一部を取得。Xは遺言が偽造されたものではないかとの疑念を持ち、それを確認するために遺言の作成日と同日に口座が開設が行われていることから、口座開設時にYに提出したXの印鑑届書の写しの開示を求め訴訟提起。
  3. 原審は、本件印鑑届書はXの母の生前において預金口座についての「個人に関する情報」であったから、同預金の相続人等であるXの個人情報にあたるなどとしてXの請求認容。これに対してY銀行が上告受理申立。

[判決要旨]

相続財産についての情報が被相続人に関するものとしてその生前に法2条1項にいう「個人に関する情報」に当たるものであったとしても、そのことから直ちに、当該情報が当該相続財産を取得した相続人等に関するものとして上記「個人に関する情報」に当たるということはできない。 

 として破棄自判

 

[判決のポイント]

  1.  判決は、法2条1項の「個人に関する情報」に当たるか否かは、当該情報の内容と当該個人との関係を個別に検討して判断すべきであるとし、上記判決要旨を述べた上で、大要、以下のように事実認定をした。
  2.  本件印鑑届書にある印影はXの母がY銀行との取引で使用するものとして届け出たものであり、XがXの母の相続人として預金債権の一部を取得したからといって、その印影をXとY銀行との取引に使用されることになるものでない。
  3.  その他、本件印鑑届書の情報の内容がXに関するものであるというべき事情はうかがわれない。
  4.  よって上記情報がXに関するものとして法2条1項にいう「個人に関する情報」にはあたらない。

 [コメント]

  1. 法2条1項の「個人に関する情報」は生存する個人に関する情報であることを要するとされている。一見すると死者の情報であるかのようにみえても、生存する遺族を本人とする個人情報となり得る場合がある。そして、遺族等の個人情報といえるためには、相続人その他の生存者自身を識別しうる場合でなければ、本項にいう個人情報には該当しないものと解するべきであるとされている(岡村・個人情報保護法第3版69頁~71頁)。原審は預金に関わる個人情報は預金を相続したことにより相続人に帰属することになるとして開示請求を認めていた。これに対し、本件判決は本件印鑑届書の個人情報が遺族自身の個人情報とはいえないのだから、個人情報保護法に基づく開示請求は認められないという判断をしたのであり、これまでの一般的見解とも合致する。
  2. 問題は、そもそもXの母は既に死亡している上に、相続人自身の個人情報でもないとすると、本件印鑑届書が個人情報保護法の対象とはならないという点である。つまりY銀行としては、開示に応じる義務もないが開示することも可能であるということである。もちろん、生前には個人情報として保護の対象であったのに、死亡したからといって無闇に開示されてよいとは考えられない。金融機関などの個人情報取扱事業者としても、開示請求などに対し慎重な対応をせざるをえないことは当然である。
  3. 第1審を確認したところY銀行は本件印鑑届書が内部管理資料であることを理由に開示を拒否したようである。確かに内部管理資料ではあるだろうが、開示を拒否するだけの実質的理由が存在するのか疑問が残る。
  4. 他方、相続人からすると、被相続人の口座に関する様々な情報は遺産分割や本件のような遺言の有効性確認などの立証方法として有益である。死者の情報が個人情報保護法の対象外であること、その開示請求者が相続人であることなどを考えると、金融機関の内部情報が含まれていない限りにおいて非開示とすべき積極的な理由は見い出し難い。遺族からすれば金融機関に任意開示に応じてもらえなければ、その他の方法(弁護士会照会、裁判所を通じた文書送付嘱託、文書提出命令など)を検討せざるを得なくなり非常に迂遠である。
  5. 相続人であることの事実確認は相続による預金払戻などの場合にも同様に要求されるのであり、金融機関に過度の負担が生じるということもないであろう。是非相続人に対する情報開示は任意でも認める方向で検討していただきたい。理論的には相続により金融機関との口座取引契約の契約上の地位を承継するのであるから、その契約上の地位に基づいて口座取引関連資料や情報等を開示請求できるとすることになろうか。慎重な検討が必要である。