弁護士のあたまの中

倒産・事業再生・事業承継・M&A・下請法・中小企業の法務を中心に活動/弁護士が何を考えているかを伝えられれば。/主に中小企業の経営者、幹部さんに。

【事例】解雇を争っている従業員に出向命令を出したらどうなりますか?

 事例は守秘義務の問題もありますので、多くのフィクションを含めています。

 

 法律相談を受けたときの回答や助言は、当然のことながら王道の回答をするようにしています。ただ固定観念に捕らわれない、柔軟な発想をするということは大事にしたいです。

 

[事例の概要]

 小売業A社が業績不振を理由として、B部門を閉鎖することとしました。B部門に属する従業員10人はやむなく退職勧奨することに。ほとんどの従業員は退職に応じましたが、従業員Cが退職に同意しなかったため、A社の人事部は整理解雇であるとしてCを解雇することとしました。Cは弁護士に依頼し、解雇の有効性を争うこととしました。

 

[A社からの相談]

 私のところへA社の人事部から相談にきたのは、Cを解雇してから約4か月後でした。人事部としては解雇後すぐに就任したC代理人弁護士から解雇の根拠などの説明を求められ、その回答に追われている状況でした。

 

 退職勧奨は従業員の同意が必要ですから、友好的な人員整理の方法といえるので基本的には望ましい方法です(労働側からは批判もありますが。)。もちろん高圧的に迫り、事実上同意を強制させるような対応をすることはあってはなりません。

 

 他方、整理解雇となると法的に有効な解雇と認められるためには判例で定立された条件を満たす必要があります。

 【整理解雇の4条件】

① 人員削減の必要性

② 解雇回避努力(配転、出向、希望退職の募集等を行っているか)

③ 人員選定の合理性

④ 手続の相当性(十分に説明し、誠意をもって協議交渉を行っているか)

 

 C代理人は②の解雇回避努力と③人員選定の合理性について疑問をもち、有効性を争っている状況でした。

 

 相談を受けた私の印象としては、4条件は一応満たしているものの、裁判で争われると悩ましい…というところでした。特に本件では希望退職を募集していなかったこと、会社としての配転出向の数が少なく、A社として受け入れる余力があるのかどうか判断が分かれることなどがひっかかりました。

 

 そして本件で問題なのは、解雇から約4か月間、Cに給与を払い続けているにもかかわらず、B部門を閉鎖したため、Cが自宅待機となっていたことです。人事部としては解雇した以上は勤務してもらうわけにもいかず、他方でC代理人から強く給与の支払いを求められそれに応じていたという経緯です。解雇をしたのに給与を払うという雇用契約があるのかないのかよくわからない状態です。

 もちろん、もし解雇を有効とした上で給与を支払っていなければ、地位確認の仮処分を起こされ、給与の支払を求められていたでしょう。

 

 解雇する前に相談してくれれば…という心の叫びは飲み込んで、今後の対応を協議します。

 訴訟になった場合には、4条件について激しい争いになることと、解決までに時間がかかることが想定されます。訴訟を本筋で考えるのはA社にとってあまり良い選択肢とは思えません。しかし任意交渉も時間がかかりそうです。Cは給与を受け取っていますので解決を急ぐ理由がありません。悪い言い方ですが、Cにとっては時間がかかったほうが楽に給与をもらえるという状況でした。

これは困ったなあ…というのが私の正直な感想でした。

 

【解決策】

 何度か協議検討を重ねたものの、有効な解決策が出てこない中で、脇道にそれてA社の担当者と雑談をしていました。A社の子会社も本社と取扱商品は異なるものの、営業手法は似通っています。顧客もよく似ています。Cの評価を聞いたところ、多少強引なところもあるが、営業力は高く、本人も営業大好きだとのこと。

 

 ふと思いつきました。

 

 解雇の有効性を争っているということは、Cからすれば雇用契約は有効に継続しているということだから、A社からCに業務命令を出したときに拒否する理由がないな…給与も支払っているし…

 

 そこで私はA社に以下のような提案をしました。

 ① Cの整理解雇はあきらめる。そのかわり子会社に出向命令を出す。

 ② Cは雇用契約が有効に存在する以上、出向命令を原則拒否できない。

   もし理由無く拒否したら業務命令違反を理由に解雇する。

 ③ 子会社からすれば営業力の強化にもなるし、Cからしても営業力を評価されて子会社にいくことになるので、納得しやすい。

 ④ 早期解決が可能である。経済的にも負担が減る。

 ⑤ A社としての建前上A社に復職は困難だが、子会社であれば受け入れ可能

 

 人事部としてはパニックとなる提案でしたが、持ち帰って社内で検討してもらいました。その後、担当役員とも協議し、最終的には同意いただきました。

 

 私は早速上記の提案をC代理人に書面で伝えます。同時に、子会社への出向命令と1週間後にA社本社に出社するよう求める業務命令を正式に出しました。

 C代理人からすぐに「何ですかこれ??」という電話がありました。普通であれば解雇の有効性を争い、場合によっては訴訟となり、解決までかなり時間がかかる事案ですのでさすがに予想外だったようです。1週間後に出社すること自体反対されましたが「本来であれば、明日にでも出社するよう命令することもできますが、それでは先生からCさんに説明する時間もないでしょうし、Cさんも考える時間が必要でしょうから1週間後としたのです。当社としてはCさんを慮っての提案です。」とお伝えしたところ、不承不承「検討する」と仰られました。

 

 数日後、C代理人から提案を承諾することと、出社期日を2~3日延期して欲しいとの依頼がありましたので、すぐに承諾しました。

 

【その後】

 子会社へ出向したCさんは、持ち前の営業力を発揮し、営業成績で上位となったそうです。推測ですが、一度解雇されかけたことへの反発心もあり、見返してやろうという強い気持ちがあったのではないでしょうか。

 

 

 

 本件は、斬新な解決策を提案したわけでも、奇策を用いた訳でもありません。

 解雇無効訴訟でも和解で復職するケースはあります。会社として一番の損害は解決までの時間です。会社として一度解雇したのにそれを撤回することはなかなかできないことですので、A社の英断だと思います。

 C代理人の先生も、最初は予想外で面食らったと思いますが、冷静に考えれば実質勝訴ですから、合意できないはずはありません。

 「解雇の法的効力」「訴訟の勝ち負け」にこだわらず、柔軟な発想ができたことで関係者全員がwin-winとなったのではないでしょうか。

 まあ事前相談なく、いきなり1週間後に出社するよう業務命令を出したことは多少強引だったかと思いますが、早期解決のポイントだったと思います。