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【裁判例】事業譲渡会社の標章の一部の続用と会社法22条1項類推適用の可否

[裁判例情報]

東京地裁平成31年1月29日判決(平成30年(ワ)第7876号)

貸金返還等請求事件

金融・商事判例1566号45頁

確定

 

[事案の概要]

  1. X銀行はA社に貸付があったが、A社はY社に事業を譲渡し、その後債務整理を開始した。X銀行はY社に会社法22条1項の類推適用があるとして、A社への貸付にかかる債務を連帯して支払うようY社に対し訴訟提起した。
  2. 裁判所の認定によれば、A社は店舗または商品を表す名称として「HH」「HL」「SC」の名称をブランドとして用いて事業展開をしており、Y社は、「HL」の一部である「L」をその商号である「Y」に用いており、A社が使用していた「HL」の標章とY社の「Y」の標章は類似している。
  3. Y社は本件事業譲渡により、A社のブランド名「HH」「HL」「SC」の商標権を譲り受け、同標章を使用してA社と同様の事業を展開し、かつ、A社が事務所として使用していた建物等を事務所として同じく使用している。

 

[判決要旨]

会社法22条1項が、事業譲渡の譲受会社うち、商号を続用するものに対して、譲渡会社の債務を弁済する責任を負わせた趣旨は、事業の譲受会社が譲渡会社の称号を続用する場合には、従前の営業上の債権者は、事業主体の交代を認識することが一般に困難であることから、譲受会社のそのような外観を信頼した債権者を保護するためであると解するのが相当である(最高裁判例《省略》)。

被告(Y)は、本件事業譲渡を受け、Aが利用していた標章の一部をその商号として用いており、Aが利用していた各標章を用いて、同一の店舗等において、Aのブランドと同名称のブランドを展開して、Aと同様にハワイアン雑貨等を販売しており、Aという事業主体がそのまま存続しているという外観を作出しているということができる。

以上によれば、被告によるAの標章等の使用等は、会社法22条1項の趣旨が妥当し、Aの商号を引き続き使用する場合に準ずるものということができ、被告は、会社法22条1項の類推適用によって、原告に対し、本件債務をAと連帯して支払う責任を負うというべきである。

  Xの請求認容

 

[コメント]

  1.  会社法22条1項は事業譲渡の譲受会社が商号を続用した場合には、その譲受会社も譲渡会社の事業によって生じた債務を弁済する責任を負うとするものである。この弁済責任の根拠は商号続用の場合には譲渡会社の債権者は事業主体の交代を認識することが一般に困難であることから、譲受会社のそのような外観を信頼した債権者を保護するためであるとした判例最判昭和29年10月7日判決等)などがあり、伝統的な通説も同様にその外観に対する信頼の保護を根拠としている。しかしながら、外観信頼保護を根拠とする説に対しては批判も多い。当職も外観信頼保護というのであれば、当該外観を信頼して新たに取引をした相手を保護すれば足りるのであり、悪意重過失のある債権者や、譲渡会社の従前の債権者が事業譲渡、商号続用を奇貨として譲受会社に債権を行使できるとする現行の会社法22条1項の説明としては必ずしも適切とはいえないと考える。
     もっとも、他の裁判例でも同法の適用又は類推適用の事例において、商号の続用の有無のみならず、本店所在地、従業員の同一性、営業目的、得意先に対する通知、その引継ぎの有無、事業譲渡の動機などの諸般の状況を考慮すべきという指摘もある。外観理論のみから演繹的に結論が導かれるものではないという考え方である。この考えの根底には、外観保護のみならず、事業譲渡や商号続用の動機や目的の正当性、関係者の権利への侵害性を考慮していると思われるのであり、大筋では賛成ではあるが、より議論を深化しておくべきものと考える。
  2.  本件裁判例に対する判例解説、評釈をみるかぎり、理由付けや適用範囲について疑問を呈しているものも多く、当職も同意見である。本判決のように商号続用の類推適用の場面が徒に拡大され、事業再生の手法として確立されてきたいわゆる「第二会社方式」への萎縮効果が起きることが心配される。標章の続用は事業価値を維持するために欠くことができない要素であることが多く、商号は続用しなくとも、標章の続用をしない事業譲受は考えにくい。標章を続用した場合に会社法22条1項類推適用の可能性が徒に拡大されているとなれば、事業譲受側(いわゆるスポンサーが多い)が予定外の債務を承継する危険が増大し、事業再生局面で第二会社方式を選択することが不可能となりかねない。
     当職としては後述のように、本判決は裁判過程で特殊性があり必ずしも一般化できないこと、事業再生として適切な手続を踏めば商号続用の類推適用にも十分対処できるということの2点を強調しておきたい。
  3.  債権者に対しては、事業譲渡の後遅滞なく譲受会社が譲渡会社の債務を承継しないことを登記するか又は通知した場合には譲受会社は弁済の責任を負わない(同22条2項)。事業譲渡の場合にはこの免責の登記又は通知は実務上は必須の手続きである。
     商号続用ではなく、屋号や標章の続用への類推適用の事案において、免責登記ができないという指摘があるが、実務的にはそもそも一般の商取引債権者は譲受会社へ承継する一方、金融債務や損害賠償債務など特定の債権者の債権は譲受会社へ承継しないことが多く、これら特定債権者への通知は比較的容易であるため、免責登記ができないからといって問題が生じることは多くないと思われる*1。商号続用の類推適用においても、債務不承継の通知をすることで免責を得ることができ、それで足りることがほとんどであろう。
     本裁判例では、判示や解説でも指摘されているところでは、事業譲渡の5か月後に債務整理の開始の通知を債権者に対して行ってはいる。しかしながら、事業譲渡の後遅滞なく債務不承継の通知をしたという事実は認められない。したがって、法22条2項の通知をしていれば結論が変わった可能性が高いのではないか。
  4.  また、本裁判では裁判の途中で被告(譲受会社)の代理人が辞任したまま判決に至っており、会社法22条1項の類推適用という難易度の高い争点において弁護士代理人を欠いたまま被告側がどこまで適切な主張立証をなしえたのか懸念のあるところである。
  5.  事業再生実務においていわゆる「第二会社方式」をとる場合に、一般の商取引先へ事業譲渡等を告知する場合にはその支払いに支障がないことを強調する。これは信用不安を除去し、譲渡する「事業」の「事業価値」を維持するための手法である。
     他方で、譲渡会社に融資をしている取引銀行などに対しては、事業再生局面においては過剰債務になっていることが多く、これらの金融債務をどうするか(債務免除、リスケ、新会社への承継の有無等々)がまさに事業再生のポイントとなる。このため、仮に「第二会社方式」をとる場合でも、事前に取引銀行に計画の内容について詳細に説明し、積極的な同意を得られないまでも計画の正当性を説明しておくことは極めて重要である。
     本裁判例の事案では、おそらくこの事前説明はなされていないと思われ、その意味でも債権者である金融機関が譲受会社に対し商号続用(類推)により貸金債権の追及をしたことは債権者の立場として当然である*2
     もっとも、事前説明や事後の免責登記・通知など適切な手法をとることにより、商号続用責任の類推適用の過剰な拡大への懸念を払拭することができるので、事業再生手法の選択として徒に萎縮をする必要もない。

 

(参考文献)

金融法務事情1592号2~7頁「事業譲渡会社の標章の一部の続用と会社法22条1項類推適用の可否」楠本純一郎

ジュリスト1542号122~125頁「標章の続用会社に対する銀行の会社法22条1項による保護」木村真生子

銀行法務21 844号69頁「ブランドの続用と会社法22条1項類推適用」石毛和夫

 

 

 

 

 

 

*1:屋号の続用の場合でも免責登記が行われている事例もみられるようである。登記官の判断によるとの意見もあり、実務的には管轄法務局への事前相談等を行う必要がある。商号や屋号の続用がない場合でも、標章の続用がある場合には免責登記が可能か検討してくべきであろう

*2:ただし、取引銀行が外観への信頼の保護に基づいて保護されるべき対象かどうかについては当職は否定的に考えている。一般に取引銀行は融資先に対し継続して債権管理を行っており、商号(標章)続用という外観を信頼して保護されるべき相手とはいえないことが多いと思われる。